ここに注意!ドイツ人と付き合うときに注意したい3つの性格的特徴

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ドイツと日本の類似性を表す際、日本を「東洋のプロイセン」と形容することがあります。一般的な学生やドイツ人などは知りませんが、たまに仕事でドイツ人の年配の知識階級などと会うことがあると、そのような言葉をちらほら耳にします。それは、保守的で、真面目な、両国の民族性からきたものだと言われています。

確かに、近代史を鑑みるに、ドイツと日本は悲しいほど似た境遇を辿りました。近代化の階段を早足で駆け上り、欧米列強の最終列車に乗り、膨張した軍部を抑えきれなくなり暴走し、戦後は焼け野原から奇跡の復活を遂げました。

しかし、果たして、ドイツ人と日本人は似た精神構造を持っているのでしょうか。私は、似た部分もあれば、まったく異なる部分もあると思っています。特に、「全く異なる」部分を無視してしまうと、中々職場や学校で文化の衝突に悩むことになるでしょう。

ドイツ人を形容する3つのキーワード

というわけで、今回は、ドイツで生活したり、ドイツの職場で働くにあたり、とらえておきたい、ドイツ人を形容する3つのキーワードを紹介していきたいと思います。これらのキーワードを知っておくと、なぜドイツ人がこう振る舞うのか、という精神構造が少し理解できると思います。

合理的に判断する

まず、ドイツ人を一言で表すのであれば「合理的」が当てはまります。職場だけでなく、これは一事が万事、すべての場面において適用されるドイツカルチャーです。

例えば、ドイツ料理を見てみましょう。暗い色彩に、野暮ったく盛られた揚げ物。要するに、腹に溜まればいいのです。この辺り、味だけでなく、見栄えや様式を重視する日本人とは対極に位置します。

服は、着られればいいのです。時計は、正確な時間を刻めばいいのです。ドイツのスーパーなどに行けば、レジの店員は椅子に座りながらざっくばらんに会計を済ませ、バスのドライバーはハンバーガーを食べている姿を目にすることができます。

つまり、ドイツ人はあまり見てくれには気にしません。割り振られた仕事さえこなせば、彼らは許してくれます。シンプル、かつ合理的な厳然たるルールです。

一方、日本では、帰結だけでなく、見てくれも大切でしょう。姿勢を正した接客、上司が職場にいれば、一緒に残業する心構え。これは正確というより、むしろ民族の美意識に根差したものなのではないでしょうか。

この「合理的」というワードを頭に入れておくと、ドイツと日本の文化的障壁の大部分に納得がいくようになります。

直接的に行動する

2017年流行語大賞にも選ばれた「忖度」というのは、外国語に訳するのが難しい日本語の一つのように思えます。日本人は、すべてを口にするわけではないので、相手が口にしなかった部分に関しては、こちらで忖度する必要があります。聞いてしまうのは野暮なのです。

和歌に現れるような、口にしない感情表現の冥利、もののあわれと呼ばれるような、雲隠れする月をみて別れの時間を名残惜しむ、当事者の繊細な感情の流れを推し量る文化、これが、私は日本文化の真骨頂だと思います。

それに比べると、ドイツの文化はなんとも骨太です。伝えたいことははっきりと伝えますので、逆にこちらが伝えなかったことは、あちらは一切推し量ってくれません。例えば、ドイツ人との恋愛において戦略として通用するのは、日本のような「押して引く」緻密なボードゲームではなく、「押して押して、さらに押す」、というまさに古代ゲルマン人の戦いのようなやり方です。

例えば、私のドイツ人の上司の口癖は”fragen kostet nichts(聞くだけは無料)”です。マーケットで分からないことがあれば、知らない会社でもいいから電話して聞いてみろ、という、日本人の感覚からしたらわけの分からない理論を並べています。

こんな文化的衝突が、私の職場ではありました。

ドイツ人「ちょっと日本の会社に電話して、確認してほしいことがあるんだけど」
私「え、今日、日本のマーケットは年度締めの日ですよ」
ドイツ人「とりあえずかけてみてよ」
私「いや、繋がるとは思いますけど、彼らめっちゃ忙しいから今日電話するのは失礼ですって」
ドイツ人「でも、かけてみて相手が対応したくなかったら相手がそう言うでしょ」
私「いや、日本人は真面目だから忙しくても電話でますし、ちゃんと対応してくれますけど、その辺はこっちで相手の状況を鑑みて行動しないと、無礼な態度だと思われて、将来契約打ち切られますよ」

彼らの中では「嫌だったら嫌だと、自分から言うでしょ」という意識が根底にあります。日本人の文化は相手に「嫌」と言わせるのは失礼なので、それを言う前に察しなくてはいけない、これは大きな違いかと思います。

自分勝手にのたまう

いい言い方をすれば「自分の意見を持っている」で、悪い言い方をすれば「自分勝手」です。大学だけでなく、職場でも驚いたのが、ドイツ人は基本的に、自分の意見が間違っていたとしても謝りません。

まあ、中にはグレーゾーンな議論、正解のないような議論もありますが、例え明確に間違っていたとしても、なんやかんやで理由をつけて彼らは謝りません。これは、我々平身低頭して謝る日本人の文化からすると、ちょっとイラっとします。

この答えはどうも、ドイツの教育システムにあるようで、ドイツの初等教育の場面では、内容ではなく、「自分の意見を持っているかどうか」が点数をつけられるポイントになるようです。そのため、各々の議論の場でドイツ人はそれぞれの意見を持ち、それぞれの意見を振りかざします。

この辺も、調和とハーモニーを求める日本人にとっては、しばらくは受け入れづらいポイントかと思いますが、頑張って慣れましょう。